第3話 結核
SERSや最近韓国で流行したMERSなど近年知られていなかったすなわち未知の感染症で新たに発見され公衆衛生上問題になる感染症を新興感染症といいます。これに対して既知の感染症ですでに減少していたが、最近再び流行して問題となっているものを再興感染症といいます。地球温暖化に伴いマラリアやデング熱がわが国でも再興感染症として注目されていますが、結核もそのひとつです。
結核予防会によれば、わが国では結核はおよそ1800年前に大陸からの渡来人によってもたらされたと考えられるものの、当時の社会環境や人口密度などからほとんど流行することは無く江戸時代から徐々に増加傾向がみられ、その本格的な流行は明治の産業革命と共に始まったとされます。すなわち結核のまん延は最近の約120年のことなのです。明治、大正、昭和20年代すなわち戦後しばらくの間はわが国では結核は手がつけられないほどまん延し、なすすべのない不治の病であり「国民病」「亡国病」として位置付けられていました。それゆえ結核は人生のはかなさの象徴として文学の世界にもたびたび登場します。ここ水俣出身の徳冨蘆花の小説「不如帰」のヒロインも不幸にも結核にかかってしまいます。正岡子規、樋口一葉、滝廉太郎、石川啄木などの著明な文学者や音楽家も若くして結核で亡くなっています。戦後しばらくして国や結核予防会などによる結核対策の取り組み(X線集団検診、BCG接種、ストマイ等の化学療法など)により結核罹患率は世界的にも最も早いスピードで急激に減少しました。しかし結核罹患率は人口10万対16程度で現在でも毎年約2万人以上新規発生がみられ先進国の中では最も高く(欧米先進国の2~4 倍)わが国では今なお最大の伝染病です。結核中進国と言われる所以です。
肺結核
結核は結核菌(抗酸菌の一種)が肺に感染することによっておこります。結核菌を吸い込むとまず肺の末梢(肺を包んでいる胸膜のそば)に炎症を起こし、その炎症はリンパ管を通じて肺門(肺の根元)のリンパ節にひろがります。この肺と肺門リンパ節の炎症を初期変化群といい、ある程度炎症が強ければ咳、痰、発熱、寝汗などの症状とともにX線で異常陰影を示しますが、ほとんどの場合自然に治ってしまいます。約10%程度の人が初感染に引き続いて発症します。これを一次結核症といい主に小児や若い人におこります。結核菌は一旦感染すると肺組織やリンパ節の中で生き続け数年あるいは数十年たってから再燃(再び活動性を示して病気をおこすこと)することがあります。これを二次結核症といい、主として大人(成人)の結核でみられます。肺にチーズ様の壊死(腐った部分)を作ってそれが気管支を通じて痰として体外に排出されたり、病気をおこしていない肺に吸い込まれたりして病変が広がってゆきます。壊死(腐った部分)の部分が大きいと肺に穴(空洞)ができることがあり結核菌をたくさん含んだ痰を出してほかの人が感染する原因となったり、喀血(咳と共に真っ赤な血を吐く)の原因となります。
肺外結核
結核菌はリンパの流れにのって(リンパ行性、主に一次結核でみられる)あるいは気管支を通じて(経気管支性、主に二次結核でみられる)広がります。肺やリンパ節の結核に引き続いて結核菌が血管内には入って血液にのって脳、髄膜、骨、関節、腎臓、胸膜、腹膜など様々な臓器の結核を発病することがあります。これを肺外結核といいます。とくに粟粒大の結核結節が血行性に肺や骨髄など全身に出来ることがあり、これを粟粒結核症(ぞくりゅうけっかく)といい最重症の結核のひとつです。
結核患者さんの咳や痰などで体外に排出された結核菌を含む飛沫を吸い込むことによって感染します。結核菌を吸い込んでも感染が成立(肺に病変をおこす)するのは30%程度で70%の人は感染が成立しません。感染が成立しても本当に結核を発病するのは、その5%程度で、95%の人は免疫力によってほとんど自覚症状はなく2~3カ月で治ってしまいます。結核菌に感染しても10人に1人しか発病しません。すなわち殆どの人はたとへ結核菌を吸い込んだとしても発病しないのです。これは呼吸器の感染防御機構が機能しているためです。しかし発病しなかった人でも結核菌は肺組織やリンパ節のなかでしぶとく生き残っていて免疫力が低下した時に再び活動し始めることがあります。
結核の症状には特徴的なものはありません。咳や痰がながく続く、微熱、寝汗や倦怠感などです。このような場合まず結核を疑ってみることが大切です。結核を疑ったら呼吸器専門医を受診して下さい。近年、結核は撲滅された病気という認識が一般の人にも医療関係者にもあります。これが結核の診断の遅れにつながっているといわれています(Patient’s delayとDoctor’s delay)。結核を疑った場合、胸部X線検査、痰の結核菌検査、白血球数や炎症反応をみるための血液検査などが必須です。わが国ではBCG接種を受けている人が多いのでインタフェロンγ遊離試験(QFT:クオンティフェロン)や痰を材料に結核菌の核酸増幅試験(PCR)も良く行われます。
10年ほど前に当クリニックを訪れた患者さんです。
症例:56歳、男性
主訴(主な自覚症状):咳
咳現病歴:約2カ月ほど前から咳が良く出るようになった。最近、夜中にも咳が出るようになって眠れないことがある。この2カ月間に3回発熱した。特に治療中の病気や既往歴はない。
検査成績:白血球数8500、CRP3.5mg/dl、胸部X線では右上肺野に肺炎像がみられました。ツベルクリン反応13×13/38×30(強陽性)、喀痰坑酸菌検査Gaffky(ガフキー)3号と大量の結核菌が痰の中に証明されました。
受診当日に肺結核と診断して結核病院への入院と後日、家族の接触者検診を行いました。胸部X線写真は空洞や散布巣など結核に特徴的な所見はなく普通の肺炎像を示しましたが、やや慢性の経過をとっていることが結核を疑う所見でした。
結核患者の]線写真
9月24日から9月30日まで結核予防週間です
高齢者や免疫不全患者さんは早めの受診
高齢者、免疫抑制患者、都市部居住者などの感染、発病リスクが高い人たちでは日ごろからの注意や早期診断が予防につながります。わが国では新登録患者さんの半数が70歳以上の高齢者で占められています。中国や韓国など最近まで結核がまん延していたアジア諸国ではわが国以上に高齢者結核が多く、欧米先進国が極めて低いのと対照的です。わが国では今後ますます70代80代の結核患者さんが増加するとみられています。咳が長引くなどの場合早く受診することが大切です。リウマチや膠原病などでステロイド薬や免疫抑制薬を投与されている人も免疫力が低下しており結核発症リスクが高いので注意が必要です。
都市部では感染リスクが高い
都市部では人口密度が高く空調換気が悪い場所(パチンコ店などのゲーム場、ネットカフェ、カラオケルームなど)での感染が問題になっています。結核蔓延国から来た外国人労働者やホームレスなど人たちの感染も懸念されますそういう場所に不必要に行かないことも予防に大切です。
BCG接種
ウシ型結核菌を弱毒化した生ワクチンを生後12カ月までに1回接種します。生後5〜7ヶ月までに受けることが推奨されます。これを受けると結核感染のリスクを5分の1程度に減らすことができます。接種後2週間で接種部位が赤くなったりはれたりしますが1〜3カ月後には治ります。予防効果は10〜15年といわれています。
この内容は2015年7月23日(木)に水俣芦北予防接種懇話会で「結核とBCG」のタイトルで講演しました
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